ユダの王アハズの第12年に、エラの子ホセアがペカを殺しサマリヤの王になった。
- 彼は9年間王であった。
しかし、サマリヤはアッシリヤの侵略を受け、ホセアの第9年目にサマリヤは陥落した。
アッシリヤがサマリヤに攻め上ってきた。
- ホセアは、アッシリヤに降伏して貢ぎ物をした。
- しかし、ホセアはエジプトと組んでアッシリヤを裏切った。
エジプトの「ソ」と組んで、アッシリヤを滅ぼそうとした。
アッシリヤは、サマリヤからの毎年のみつぎものが止んだために、このことに気がついた。
アッシリヤの王は、ホセアを逮捕して牢獄に入れた。第2列王17:4
ホセアの9年目にサマリヤは占領され、民はアッシリヤの地に移住させられた。
- アッシリヤはサマリヤに攻め上り占領した。
3年間サマリヤを包囲し、その後サマリヤを取った。2列王17:4 - ホセアの第9年に、民をアッシリヤの地へ移した。
アッシリヤの王は、バビロン、クテ、アワ、ハマテ、セフアイムから人を連れてきてサマリヤに住ませた。
2列王17:24
サマリヤに住んだアッシリヤ人は主を恐れなかった。そこで主が彼らを打った。
アッシリヤ人はイスラエルの祭司を呼び寄せ礼拝の方法を学んだ。
- 彼らが主を恐れなかったので、主が獅子を送り、彼らの幾人かを殺した。2列王17:25
- アッシリヤ王は、捕らえたイスラエルの祭司1人をサマリヤに連れて行き、主への礼拝の方法を学ぶように指示した。
- 祭司は、ベテルに住んで、礼拝の方法を人々に教えた。2列王17:28
アッシリヤ人は主への礼拝もし、自分たちの神々への礼拝もした。
主への礼拝は形式的であった。
- アッシリアからの住民は、自分の神々に神に仕えた。2列王17:29~
高き所の宮に、自分たちの神々を造って安置した。(バビロン人=スコテ・ベノテ、クテ人=ネレガルetc) - 同時に、自分たちの中から祭司を自分たちで任命し、主への祭儀をさせた。2列王17:32
- 彼らは、主を恐れているのでもなく、主の定めたおきてや律法を守っているのでもなかった。17:34
サマリヤが滅亡した原因は、彼らがイスラエルの神に不信仰であったから。
彼らは、主の律法や定めを守らなかった。それだけでなく、外国の神々を拝み、アシュラ像を造り、バアルに仕えたからであった。2列王17:7~18
イスラエルが犯した罪とは
- 他の神々を拝んで、主に対して罪を犯した。
- 他の神々を恐れて、異邦人の風習に従った。
サマリヤに住んだ人々は同時にいくつもの神を拝んだ。混合主義信仰について考えた。
アッシリヤからの住人は、移住先の神へのしきたりを学びました。そしてその神への礼拝をすると同時に、自分たちが今まで拝んで来た神を造って安置し礼拝しました。これが、混合主義といわれる礼拝です。
日本人は神道と仏教の混合主義です。日本には、はじめ神道がありました。その後仏教が入ってきました。(聖徳太子が広めました)人々ははじめ仏教に反発していましたが、いつのまにか、神道と仏教は混在するようになり、人々は同時にそれぞれの神を拝むようになりました。今日もそうです。
彼らは、それまで拝んで来た神道、仏教の神を拝み、キリストの神をも拝みます。彼らは、1つの神に忠誠を尽くすことはありません。彼らの中には、たくさんの神を持つほうが、祈りが神に届くと考えている人もいます。このような人の特徴として、どの神に対しても、その信仰は表面的です。
祈っている神に対して、深い愛情を抱くとか、忠誠の思いを持つことはありません。ただ儀式を行うことで、自分の義務を果たして満足する信仰です。
しかし、このような信仰を主が嫌われることを、わたしたちはイスラエル王国の歴史から学びました。
最後には、神はイスラエルを見放し、敵国に占領させ、国を滅亡させたからです。混合信仰は、この世に受け入れやすい信仰です。彼らは迫害を経験することはないでしょう。しかし、神の目には、悪だと見られいることを、わたしたちは知らなければなりません。主は、主のみに仕えるなら、主が私たちを守ってくださるのです。
そして、主の力は、ほかのどの神々よりも、他のどんな人間の権力よりも強いからです。「主だけを恐れなければならない。ほかの神々を恐れてはならない。主はすべての敵からあなたを救い出すからだ。事実、エジプトの奴隷の地から、主はイスラエルの民を救い出したではないか。主にのみ信頼せよ。」
と、主は私たちに語っておられるのです。2列王17:35~39参照
また、死後、私たちを天国に招き入れてくださるのは、創造主なる神のみです。他の神々にはできません。
ですから、創造主に嫌われるなら、私たちに未来はありません。たとえ創造主のみを拝むことで迫害に合い、困難が多くあろうとも、私たちは主にのみ仕えることを止めてはいけません。
混合信仰は神が忌み嫌われることです。わたしたちは、このことを心に留めて、妥協することなく、最後まで主のみに仕え、この世の命を全うしようではありませんか。