• 2022-05-15
  • 2022-06-14

キリスト教綱要3篇15章「行いの義を否定する」

15章2:私たちの能力は神から与えらえたものである 自分の持つ善いものは神から来ている。 それは自分の功績で得たのではなく、神の憐れみによって与えられた。(クリュストモス) 15章3:私たちの行ないは、汚れているけれども、私たちは神から報いを受ける 善い行ないをしたとしても、私たちは無益なしもべにす […]

  • 2022-05-14
  • 2022-06-14

キリスト教綱要3篇14章「義認の始まりとその継続する発展(聖化)について」

14章:2 信仰のない者にも神の恵みとして美徳が宿る場合がある 私は「不信仰の者が持つ美徳が、神の賜物ではない」とか、「正と悪に違いはない」というほど非常識ではない。私は正義と悪は大変違うことを認める。なぜなら信仰のない者が行う義と悪の間にさえ、大きな違いが現れているからである。 信仰のない者の善行 […]

  • 2022-05-13
  • 2022-06-14

キリスト教綱要3篇13章「価なしの義認において心得るべきこと」

神の栄光を守らなければならない 自分の持っている知恵、富、力を自分の者として誇る権利はない。 それは神が与えたものである。もし自分のものとして誇るなら、それは神の栄光をそこなうことである。 主はこう仰せられる。「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。 […]

  • 2022-05-12
  • 2022-06-14

キリスト教綱要3篇12章「価なしの義認」

12章2:神が正しいとする義について考える 人間の視点からではなく、神の視点からの義について論じる。 「人は神の前に義であることはできない」という結論に達する。主よ。あなたがもし、不義に目を留められるなら、主よ、だれが御前に立ちえましょう。詩編130:3 12章2:人には義と見えても、神にはそうでは […]

  • 2022-05-11
  • 2022-05-15

士師記17-18章「ミカの鋳造とダン族」

ミカは母から金を盗んだ、母はその金で鋳造を造らせた ミカはエフライムに住んでいた。17:1 ミカは母の金、銀千百枚を盗んだ。しかし、主からのわざわいを恐れて母に返した。 母が、盗人をのろって言ったことが、自分に起きると恐れたから。17:2 母は、主が金を自分のところに戻してくださったことを感謝した。 […]

  • 2022-05-11
  • 2022-06-14

キリスト教綱要3篇11章「信仰義認とは何か?その定義」

11章2:行いによる義認と信仰義認のちがい 「行いによって義とされる者」は、完全に聖い行いによって神を満足させなければならない。 「信仰によって義とされる者」は、キリストの義を着ることによって、罪人でありながら神に義人と見なされる人である。 11章3:信仰による義認は、どのようになされるか? キリス […]

  • 2022-05-09
  • 2022-06-19

キリスト教綱要3篇9章「天国を待ち望むこと」

9:1神は私たちが天国をあこがれ慕うために、 艱難を送って私たちを苦しめておられる 私たちはこの世において、さまざまな艱難を経験する。 なぜ、神は私たちを苦しいまま放置されるのか。 その目的は、私たちがこの世に対する執着を防ぎ、天国をあこがれ求めされるためである。 私たちはこのような扱いによって、ゆ […]

  • 2022-05-08
  • 2022-06-14

キリスト教綱要3篇8章「十字架を耐え忍ぶことについて」

3篇8章1:主とともに十字架を負うことの必要 キリストは神であったが、彼の生涯には苦しみが満ちていた。 キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司 […]

  • 2022-05-07
  • 2022-05-16

士師記14ー15章「ティムナの娘とラマテ・レヒでの戦い」

サムソンはティムナに住むペリシテ人の娘を気に入った サムソンの父と母は反対した。しかしサムソンは聞き入れなかなかった。士師記14:3 これは、主によることであった。主はペリシテ人と問題を起こす機会を作ろうとしておられたからである。 彼の父と母は、それが主によることだとは知らなかった。主はペリシテ人と […]

  • 2022-05-07
  • 2022-05-16

士師記13章「サムソンの誕生」

主は、イスラエルを40年間ペリシテ人の手にわたした イスラエルは主の目に悪を行った。13:1 主は40年間イスラエルがペリシテ人に苦しめられるようにした。 主は、ダン族のマノアの妻を選び「ナジル人」の母とした 主の使いが不妊の女マノアの妻に現れた。天使はマノアが男の子を生むと告げた。 その子が、イス […]

>「私と一緒に聖書を読んでみませんか?」

「私と一緒に聖書を読んでみませんか?」

今から約2000年前、キリストは預言されていた通り、死んで3日後に復活し、ご自身が神であることを証明されました。神がおられるのですから、その方を無視して生きることは、神があなたを造られた目的を知らずに生きることを意味します。どうか、神を知り、神に生かされる確かな人生を歩んでください。そのために、聖書を学び、神について、自分について、知ることを始めませんか?