要約
ヤロブアムのもとにひとりの神の人が遣わされる。そして、「ヨシヤ」が彼の王国を攻め取ると預言する。ヤロブアムは、神の人を捕らえようとするが、彼の手がしなえて戻すことができなくなった。神の人は、「この地で食事をせず、別の道を通って帰る」ように神から命令を受けていた。ところが、帰る途中、ベテルに住む預言者によってだまされ、彼の家で食事をしてしまう。主の命令に従わなかった神の人は、獅子に襲われて死ぬ。その死を知ったベテルに住む預言者は悲しむ。ヤロブアムは、引き続き罪を犯し続ける。
教えられたこと
- 預言者は神の命令に絶対服従。そうでなければ死ななければならない。
預言者は、預言する相手を怒らせれば、自分の命を奪われる危険があっても、神のことばをそのまま伝えなければならない。
- 預言者は主が守られる
ヤロブアムは神の人を捕らえようとした。しかし神が直接介入され、彼の手がしなえてしまったため、ヤロブアムは神の人を殺せず、帰らせることしかできなかった。
- 神の人が死んだ事件は、神の命令が絶対であり、
逆らえば死が待っていることをイスラエルの民に知らせるためであった。- 神の人は、宗教的に堕落した地の預言者が受けたと言う啓示に従ってしまった。
宗教的に堕落した地では、預言者といえども、真に神の言葉が下っているとは限らない。自分が好む言葉を神からの啓示と称している場合が多い。だから、注意が必要である。神の人は自分が受けた命令に反する啓示を疑うべきであった。もし、神がそのようにお望みであれば自分にまず啓示されるはずだと考えるべきであった。
- 神は、神の人がだまされてした行為にすら罰を与えられた。
これは神の命令は絶対であり、少しの過ちも赦されないことをイスラエルに知らせるためであった。「神に従え」との強いメッセージである。だまされて、命令にそむいたことですら、罰を免れないのであれば、故意に犯した罪はなおさらのことである。罪を犯し続けるヤロブアムと彼に追従する者達への強い警告である。
- 獅子ですら神に従順である
獅子は、神の人を殺した。しかしその死体を食べず、神の人が乗っていたロバを襲うこともなかった。そして、死体のそばに立っていた。これは、獅子が空腹であったから襲ったのではなく、神の命令により、神の人を殺したからであった。獅子ですら神に従順である。彼らは人間の持つ欲望や悪知恵がないため、人間よりも絶対的に神に従うのであろう。
- 神の人は、宗教的に堕落した地の預言者が受けたと言う啓示に従ってしまった。
適応
神は、ヤロブアムや神の人が命令に従わなかった時、彼らを破滅させた。あなたにも同様にされる。キリストは復活された。神がこの世におられることを証明された。もし、あなたが自分の持ち物に感謝し、それを得たことを誇り、それらをあなたに与えた神を無視しつづけ、感謝をすることもないのであれば、あなたは神にさばかれる。
自分を喜ばせるために、酒、姦淫、遊興におぼれ、人をだまし、ウソをついて得をしようとしているのであれば、あなたは神の前に自分の罪状を積み重ねているのである。たとえ、この世でさばかれることがなくても、死後のさばきを逃れることはできない。
神の命令は絶対服従である。従わなければ死である。私たちはそれをこの章で見てきた。
聖書に書かれたままの神のおきてに従わなければならない。自分勝手な解釈をしてはならない。自分の都合の良いように少しでもアレンジするなら救われない。あなたは、これは厳しすぎると思うか。しかし、主に従う者は、主が守られる。そして、これが何より一番安全な立場なのである。神の守りは万全であるからだ。神に敵対して勝てる者はいないからだ。