ヘブル1章「キリストは天地創造の神である」

御子イエスによって世界は創造された

1:1 神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、
1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。 

神の御子イエスが語られたことにより、神の啓示は完了した。
神は旧約の時代、預言者たちを通して、救いについて部分的に知らせてこられした。そして、最後に神はイエスによって、私たちに語られました。イエスはこの世にあるもの全てを造った神です。次に来る世界を支配する王となられる方です。ですから、神についての啓示は、イエスが語ったことばによって完了しました。私たちはそれ以上の啓示を求める必要はありません。

1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて 高い所の大能者の右の座に着かれました。

天地創造の神が人となって現われたのが御子イエス。
御子イエスは罪のあがないを成し遂げて、今は天におられる。
御子イエスは、神の素晴らしさ、神がどのような方であるかを完全に現しています。
つまり、神が人となって現われてくださったのが御子イエスです。
御子イエスは十字架にかかって死に、そして復活することによって、御自身を信じる者の「罪のゆるし」を成し遂げられました。今は、天において神の右の座に着座されておられます。

1:4 御子は、御使いたちよりもさらにすぐれた御名を相続されたように、それだけ御使いよりもまさるものとなられました。
1:5 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。」またさらに、「わたしは彼の父と なり、彼はわたしの子となる。」(詩編2章7節)

御子イエスは、御使いよりも優れた方。神の子であり、同時に神である方。
キリストは御使いよりもはるかに優れた方です。キリストは神だからです。
「神は御使いにではなく、御子イエスに対して『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。』(5節)と言われたからです。
パウロも、神がイエスをよみがえらせたことによって、救いの約束を成就したことを、詩編の同じ個所を引用して語っています。
「神は、イエスをよみがえらせ、それによって私たち子孫にその約束を果たされました。詩篇の第二篇に、『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。』と書いてあるとおりです。(使徒13:33)」

ですから、「今日私があなたを生んだ」ということばは、神がイエス様を死者の中からよみがえらせた、復活させたという意味です。
「神が、イエスを造った」という意味ではありません。この違いは重要です。
エホバの証人は、御子イエスは、神が最初に創造した被造物であるとします。
しかし、御子は神の子であると同時に神でもある方です。

その証拠として、イザヤ書9章6節には「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」とあります。「男の子」は単に「子」と言う意味であり、メシヤが神の子であり、また神であると証言しています。

1:6 さらに、長子をこの世界にお送りになるとき、こう言われました。「神の御使いはみな、彼を拝め。」
1:7 また御使いについては、「神は、御使いたちを風とし、仕える者たちを炎とされる。」と言われましたが、
1:8 御子については、こう言われます。「神よ。あなたの御座は世々限りなく、あなたの御国の杖こそ、まっすぐな杖です。
1:9 あなたは義を愛し、不正を憎まれます。それゆえ、神よ。あなたの神は、あふれるばかりの喜びの油を、あなたとともに立つ者にまして、あなたに注ぎなさいま した。」(詩編45:6-7からの引用)

御子イエスは万物の王、正義を愛し不義を憎む神
御子イエスは御使いを従える方です。御使いたちは御子に仕える「しもべ」にすぎません。御子の王国は永遠に続きます。御子は正義を愛し、不正を嫌われます。御子の国は、正義だけが行われる国です。父なる神も御子を愛しておられる。

1:10 またこう言われます。「主よ。あなたは、初めに地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。
1:11 これらのものは滅びます。しかし、あなたはいつまでもながらえられます。すべてのものは着物のように古びます。
1:12 あなたはこれらを、外套のように巻かれます。これらを、着物のように取り替えられます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがあり ません。」(詩編102編25-27からの引用)
 

被造物は、いつか滅んで無くなっていく
しかし、御子は永遠に変わることがない
この世にあるすべてのものは、神によって造られました。
神によって造られなかったものはありません。(10)
しかし神の被造物は、どのように素晴らしく、堅固なものであっても、いつかは古びて無くなります。
しかし、御子は永遠に変わることなく存在し続けます。(11)

そして御子が再臨される時には、御子に反抗した者たちは一瞬にして滅ぼされます。そして御子イエスを王とする神の国が永遠に存在することになります(12)。

1:13 神は、かつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」(詩編110編からの引用)

将来、御子が統治する世界が実現する。
今、わたしたちは御子が支配される国の実現を見ていません。しかし、将来、御子は最後の敵であるサタンを滅ぼし、ご自分の王国を確立されます。それまでの間、御子は天で控えておられるのです。

1:14 御使いはみな、仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるため遣わされたのではありませんか。 

御使いは奉仕者、救われる人々を助ける存在にすぎない 
だから、御使い礼拝をしてはいけない。
当時は、み使い礼拝が行われていました。ここでは、私たちが礼拝すべき方は御子イエスであることが強調されています。御子はみ使いよりも優れているからです。み使いは、救われる人々のために仕える存在にすぎないからです。

へブル人への手紙1章 考察

考察1 ヘブル書は、「神の御子イエスについての真実を知らせた手紙」と言えるでしょう。

イエスは神の御子であった。イエスはメシヤであった

1.御子は天地創造の神である。神が人となって現われた方である。

2.御子イエスは預言者たちによって待ち望まれたメシヤ「救い主」である。

3.御子イエスは復活された。今も生きておられる。
今は、天で神の右に座し、ご自分の王国が確立するのを待っておられる。

4.この世界は滅びる。次に来る王国は御子イエスが王となられる国である。
 その国は、不義はなく、正義だけがある世界である。

旧約聖書の詩編が多く引用されて、イエスが神の子であること、皆が待ち望んでいたメシヤであることが証明されています。
キリストは、ダビデの家系に生まれたので、ダビデの詩である詩編を引用することが適切だったのでしょう。

イエスが御子であることを証明する証拠。

  • 旧約の預言は、イエスによって成就された。
    そのため、旧約聖書の預言から、イエスがメシヤであることを証明することができます。
    ヘブル書1章では、パウロは詩編を引用して、イエスが神であると証明しています。
  • キリストは、ご自分を神であると認めた。そのために殺された。
    自分の死と復活を知っていて、弟子達に話していた。
  • イエスは復活された。これは神にしかできない。
    復活の主に会った弟子達の多くの証言があります。
    キリストは、12弟子に現われ、時には男子だけで500人以上の人に現われました。
    また、復活後40日間現われて弟子達を教えられました。
  • 復活を目撃し、約束の聖霊を与えられた後の弟子の劇的な変化
    キリストが捕えられた時、弟子達は逃げてしまいました。パウロは3度も主を知らないと言ってしまいました。
    しかし彼らは復活の主に会って後、死を恐れることなく大胆に福音を伝える者に変えられています。

考察2 イエスが天地創造の神であることは、私たちの救いが完全かどうかを左右する非常に重大なことがらです。

キリストが1人の預言者であるとか、神の被造物であるとか、御使いであると理解するなら、キリストの十字架による贖いは不完全であったことになります。

そうであれば、私たちはキリストに望みを置いても、罪が完全に赦されないことになり、天国に入れないことになります。
神が罪人の身代わりに死んでくださったからこそ、罪が完全に赦され、神の国に入ることができるのです。
しかし、幸いにして、キリストが神であると証明できる証拠がたくさんあります。

パウロも、「私が宣べ伝えた福音は、キリストが死んで3日後に復活されたことだ。キリストに単なる望をおいているのなら、私たちは一番みじめな者だ。しかしキリストは復活された。」(第1コリント15:19-20)と告白しています。

キリストの復活の事実がなかったら、今日キリスト教は存在しなかったでしょう。キリストは復活して、御自身が神であることを証明されました。

また復活後に、多くの人々に現われることによって、復活の事実を弟子達に知らせました。人間は死んでよみがえることはできません。ですから、キリストは神です。

私たちは、キリストが神であるとの確信し、この信仰には大きな報いがあることを期待して歩むことができるのです。(ヘブル10:35)

NO IMAGE
最新情報をチェックしよう!
>「私と一緒に聖書を読んでみませんか?」

「私と一緒に聖書を読んでみませんか?」

今から約2000年前、キリストは預言されていた通り、死んで3日後に復活し、ご自身が神であることを証明されました。神がおられるのですから、その方を無視して生きることは、神があなたを造られた目的を知らずに生きることを意味します。どうか、神を知り、神に生かされる確かな人生を歩んでください。そのために、聖書を学び、神について、自分について、知ることを始めませんか?