ペテロの手紙第1章「あなた方の救いは神が保証している。だからこそ、聖い生き方をしなさい」

挨拶

1:1 イエス・キリストの使徒ペテロから、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤ、ビテニヤに散って寄留している、選ばれた人々、すなわち、
1:2 父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ。どうか、恵みと平安が、 あなたがたの上にますます豊かにされますように。

この手紙は迫害のために、エルサレムから他の地域へ寄留したクリスチャンたちへの励ましの手紙です。

「彼らの救い」がどのように起こったのかを知らせる

  1. 神の予知に従って救われた。
    彼らの救いは、天地創造の前から神によってあらかじめ定められていた
  2. 信者の救いは、神の3位の働きによって完成された 2節
    ・父なる神の予知に従い(神の選びにより)
    ・信者に聖霊が働きかけたことにより(御霊の聖めにより)
    ・キリストが十字架上で流した罪のゆるしの血に、あずかる特権を与えられることにより(キリストの血にあずかることにより)
  3. 信者の恵みと平安は神から与えられた。
    信者は、神によって、救いの恵みを与えられた。

だから、アジヤ地方に散らされた信者たちは、信仰から来る非常な困難の中にあっても、彼らの心には大きな平安があるのです。

あなたがたの救いについて

1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。
1:4 また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。
1:5 あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現わされるように用意されている救いをいただくのです。

あなた方の救いは確かなものだ
あなたがたのために、天国は約束されている

  1. キリストの復活は、神のあわれみのしるし 3節
    神であるキリストが、この世に来てくださり、救いのみわざを完成するために、死んで生き返ってくださった。

    これは、神に反抗する人間に対して、神が信じられないほどのあわれみを
    あたえてくださったことです。ですから、私たちは、イエスとして生まれたキリスト(救い主)を大いにほめたたえ、感謝しなければなりませ
  2. 神が、霊的に死んでいた私たちを新しく生まれさせて、永遠の命の希望を与えてくださった。3節
    私たちは、神を知ることができない、霊的に死んだものでした。

    そのような私たちに、神が聖霊を与え、新生させてくださったのです。
    その結果、天国で生きる永遠の命の希望を持つことができるようになったのです。
  3. 信者は、将来(死後)、永遠の資産を受け継ぐことになる。4節
    信者が、天国で受ける資産とは、

    〇 永遠の命(死や病気のない命)
    〇 神が支配する世界に住めること(罪のない世界)
      罪から生じる苦しみ、涙がない世界で住むことができる。
    〇 神を見る、神に語ることができる特権
    信者が将来受ける資産を、神は天に用意しているのです。
  4. 信者の救いの完成は、神によって担保される。(確実に守られる)
    その事実を、信者が信頼することによる。

信仰により より(ギリシャ語 ディア)は関節的な要因 
神の御力により より(ギリシャ語 エン)は直接的な要因を示す
これらのことをふまえて5節を解釈すると・・・
信者の信仰の完成は(信者が将来、天で資産を受けられるかどうか)は、
神の御力によって守られている。信者は、その事実に信頼し、彼らの救いの完成は実現されていく。

考察1 私たちの救いは、神のご計画にそって実現した。
神の力が私にのぞんで、心が新しくされ、神を信じる信仰が与えられた。
この確信が、私たちに苦難に耐える力を与える。

私たちの信仰は、自分が獲得したものではありません。
聖書ははっきりと、神によって与えられたものであると語っています。
神のあわれみによる、神の恵みによると書かれています。
また、聖霊が心を新しくすることによって、信仰が与えられることが書かれています。聖霊について、イエスは「風」にたとえて、ニコデモに教えられました。
聖霊は、誰に与えられるか、いつ来るか、人間には予測することも、コントロールすることもできません。ただ、神だけが、ご自身の望まれるときに、ご自身がお決めになっている人に吹かせるものです。
このことからも、信仰は神が定めて与えるものであることが明らかです。
そうであれば、信仰が与えられた者は、この宝をもっと感謝するべきです。
そして、信仰を保つために困難を経験しなければならないとしても、それは忍耐できることです。なぜなら、約束された永遠に続く安息を、この世の一時的な安楽に取り換えることこそおろかだからです。

神は、試練を受ける信者を、神はほっておくことはありません。
耐えることができるように試練と同時に脱出の道も備えてくださいます。
あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるよう なことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。第一コリント10:13

ですから、私たちは与えらえた貴重な宝(信仰)を最後まで守り抜く戦いを、神の守りの中で、勇敢に戦おうではありませんか。

救われた結果

1:6 そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、
1:7 信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。
1:8 あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。
1:9 これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。

たましいの救いは、信仰のために受ける試練を、喜びに変える。6、7節
信仰には試練がつきものです。試練を受けない信者はいません。
しかし、彼らは、試練を喜んで耐えていました。

  1. 試練は苦しいが、天で、資産が与えられることを確信していたから
  2. 試練は神のみこころによることを知っていたから
    試練には目的があり、それに耐え克服することによって、最終的には信者にとって、霊的あるいは物質的に、信者にとって益に働くように、神が意図しておられることを知っているから。

たましいの救いは、見えないイエスを愛することを可能にする。8節
信者のキリストへの愛と信仰は、キリストによって与えられた救いの結果です。
キリストへの愛は、実際にイエスを見たかどうかには関係ありません。
イエスは、トマスに「あなたは私を見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです」と言われた。ヨハネ20:29
逆に、イエスとずっと一緒にいたペテロに対して、復活されたイエスは、3度も「あなたは私を愛しますか」とたずねられた。

考察2 奇跡を見せて信じさせるのではない。
心にイエスが啓示されなければ、たとえ奇跡で助けられても信じない。

「神を見たら信じる」という人は多いです。
しかし、このように言う人は、たとえイエスを見たとしても信じません。
死んだラザロが、生きている親族に、苦しみの場所に行くことがないように、
生き返って彼らに説得に行かせてくれと頼んだ時、
アブラハムが、ラザロに「彼らにはモーセと預言者がある、それを読んでも信じないなら、たとえ死んだラザロが生き返って、彼らを説得しても彼らは信じない」と言いました。ルカ16:19-31

人は、奇跡を見ても、たとえイエスを見ても信じません。
聖霊によって、心の目が開かれたとき、救い主が誰か、自分がどれほど危険な状況にいるのかがわかる。そして、見てはいない救い主を信じ愛することができるようにされるのです。

ですから、イエスの名によって、未信者のために奇跡をするミニストリーは無駄です。
未信者の心にイエスが啓示されなければ、たとえイエスの名による奇跡で助けられたとしても、彼らはイエスを愛することはありません。
そのためには、先に救われた者たちが未信者に福音を語ること、未信者に福音を知る機会を与えることが一番重要と言えるでしょう。

イエスについての預言

1:10 この救いについては、あなたがたに対する恵みについて預言した預言者たちも、熱心に尋ね、細かく調べました。
1:11 彼らは、自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光を前もってあかしされたとき、だれを、また、どのような時をさして言われたのかを調べたのです。
1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人々を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。

旧約の預言者たちは、救い主の出現について預言していた

  1. 旧約の預言者たちは、キリストの御霊によって、救い主の受難と栄光について、啓示を受けた。12節
    彼らは、救い主が誰か、いつ出現するかを調べた。
    (過去の預言の書を調べあげて、答えをさがした)
  2. その結果、救い主の出現が、自分たちの時代に起きることではなく、後の時代に起こることが明らかになった。自分たちの仕事は、後の時代の人たちのための奉仕であることがわかった。12節
  3. イエスの出現と救いは、旧約の預言者たちと同じ聖霊を受けた、クリスチャンたちによって、あなた方に伝えられたのです。
    救い主の出現は、天使たちもそれを見たいを切に願っていることです。

考察3 今の時代、神を知る方法は、旧・新約聖書を調べること。

これらの書の中に、神の啓示が記録されている。
預言の集会に集まって、神からの啓示を聞こうとする人は間違っている。

預言者たちは、キリストの受難(死)と栄光(復活)を預言していました。
それらは断片的な啓示でした。しかし、それらを調べ上げ、つなぎあわせたとき、救い主がどのようなお方であるか、どのようにして民を救うのかを知ることができたのです。
当時、新約聖書が完成しておらず、人々の理解には制限がありました。
そのため、神は、御霊によって、直接信徒たちに語られました。(預言)。

現在、私たちには新約聖書が与えられています。イエスの生涯と救いについての弟子たちの証言や、神が使徒たちに語った啓示を読むことができます。
ですから私たちは、もはや神からの直接啓示を受ける必要はありません。
旧約・新約聖書が、神の啓示の記録だからです。

そうではなくて、私たちにとっては、聖書を良く調べて、黙想することが、神について知る方法です。今日でも、預言者の集会に集まって、預言者だと自称する説教者のことばを受けようとする人々は、神を知る方法について間違っているのです。

救われた者は、聖い生き方をしなさい

1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
1:14 従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、
1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。
1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と書いてあるからです。
1:17 また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。

キリストの現れを待ち望み、聖い生活を送りなさい。

  1. 将来与えられる恵みをひたすら待ち望みなさい。 13節
    この望みをいつも思い続けなさい。
  2. 欲望を退ける。欲望を実現させないこと。 
    神のみこころに従順に従うように、自分を自制しなさい。 14節
  3. 体と心を聖く保つこと。(姦淫、快楽、不正をさける)
  4. 神は人を公平にさばく方です。そのような方を主と告白しているのですから、この世での歩みについては注意しなさい。
    神を畏れる気持ちを持って、聖い生き方をしなさい。

キリストの血がささげられた
救いの絶大な価値を思い、その大きな恵みに答えて生きよ

1:18 ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、
1:19 傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。
1:20 キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました。
1:21 あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。
 

キリストの尊い血が流されることによって、あなたがたは神の民とされた。

  1. お金やこの世にある物をささげることで、救われたのではない
  2. キリスト(神の子)の尊い血が、信者のために流されたことによって、信者は救われた。
  3. 信者の救いのために、キリストの命が支払われた。20節
  4. 信者の信仰は、父なる神をキリストによって信じる信仰。
    キリストの仲介を通して神からの約束をいただいている。

考察4 自分の救いのためにキリストが犠牲にされたことを思いなさい。
どれほどの大きな恵みが与えられたかを知りなさい。
そうすれば、聖い生き方をしなければならないとわかるはず。

信者は、父なる神にキリストを仲介者として近づく人々です。
信者の救いのために、キリストの尊い血が流されたのです。
この事実は、私たちの救いに大きな価値をもたらします。
そして信者は、この大いなる恵みを無駄にしたり、汚したりすることはできないと、心に強く思うのです。

しかし、私たちは多くの過ちを犯す者です。
ところが、幸いなことに、信者の救いと希望は神の真実にかかっています。
そして、神は真実です。なぜなら神はうそをつかない、人をだまさないからです。そうであれば、クリスチャンが信じていることは正しく、天国で与えられると神が私たちに約束した資産は、確実に与えられると確信できます。21節

信仰を同じくする信者を愛しなさい

1:22 あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。
1:23 あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。
1:24 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
1:25 しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。

  1. 信者たちは、真理(神の真理、みことばが教える真理)に従うことで、たましいを聖め、信仰にある兄弟姉妹を愛するようになりました。
    ですから、ますます愛し合いなさい。
  2. あなたがたが救われたのは、神のことばによるのです。
  3. 神のことばは永遠に変わることがありません。
    みことばが信者に約束した救いは、必ず実現します。
    みことばに従い、自分を聖く保ち、兄弟を心から愛するようにとすすめられています。

 

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