この手紙を書いた理由
1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1:2 ――このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。――
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。
神が人となって現れたことを証言し伝えます。
キリストを神と認めて、私たちの交わり
- イエスこそ、永遠の昔から父なる神と共に存在される神である。
- イエスは、神が人となって現れてくださった方である。
- イエスは永遠に生きておられ、イエスを主と告白し、交わりを持つ者には、永遠の命が与えられる。
- この知を伝える目的は、父なる神・御子キリストを主と信じて永遠の命を持つ者たちが増やされるため。
また、すでに信仰に入った者の喜びが満ちあふれるためである。
ユダヤ人は父なる神を知っていました。しかし、イエスのことを神であると認めることはできませんでした。今日も同様に、多くの人々はイエスが神であることを否定しています。
しかし、ここではイエスが人となって現れた天地創造の神であることが力強く証しされています。その証拠は、使徒が目で見、手で触って確かめたことです。筆者は、神が人となられた姿を見ました。イエスから教えを聞いて、その教えが神からのものであると確信したのです。またイエスの復活の時には、じっと見て、その体に触れ、新しい体を持って復活されたことを確かめたのです。
このことを受け入れる人は、キリスト者と交わりを持つようになります。父なる神とイエスを礼拝し、祈る者になります。
イエスにある交わりを、さらに多くの人が持つことによって、キリスト者の喜びは満ちあふれます。
信仰にふさわしく生きよ
1:5 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。
1:6 もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。
1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。
1:8 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。
1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。1:10 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。
神は光 信じる者は神に従って聖い生き方をしなさい
罪を犯したなら、悔い改めなさい。神は赦してくださる。
神は完全に聖い方で(光であって)、罪(暗さ)がない方です。つまり、罪ある人を罰して天国から排除せずにはおられない方です。すべての人間には罪(暗さ)があり、神にさばかれる存在です。これがキリストから使徒が聞いた
真理です。このことを知らせます。5節
神を信じていると言いながら、罪の行いをし続ける信仰者は偽物です。6節
神を標準として、正しく生きることを求めて歩む者は、その結果として
- キリスト者との交わりを保ちます。
- キリストの血によって聖められ続けます。
聖め=継続動作を現わす言葉(日々行われる聖化)7節
自分には罪(原罪)がないという人は、自分にうそをついているのです。
その人には真理はありません。8節
自分に正直に向き合えば、罪があることがわかるはず。
自分の罪(複数形の罪)をキリストに告白するならば、神はご自分が約束したことを忠実に果たす真実な方ですので、すべての罪を赦し、悪から清めてくださいます。9節
自分は正しく行っている、罪を犯していない、だから神の赦しは必要がないというのならば、神が間違っており、人間をだましていることになります。10節
第一ヨハネ 考察
正しい信仰の特徴
1.神が要求されることを標準として、自分の行いや思いを評価する。
その結果、常に自分の罪を認め、聖めの必要を感じる。
もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。7節
2.自分に原罪があることを認める。5節
列8:46
イザヤ53:6
ローマ3:10-18
3.罪を神に言い現わし、神の赦しを受け取る
犯してしまった罪を、神に告白し悔い改める。
私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。9節
告白だけではなく、その罪を自分が憎んで捨てるという思いが伴わないといけない。
4.キリストの血による罪の赦しが与えられた確信を持つ。9節
神は真実な方、契約を守る方だから、赦される。
ヘブル10:23
約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。
エレミヤ31:31-34
31:31 見よ。その日が来る。――主の御告げ。――その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。
31:32 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を握って、エジプトの国から連れ出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破ってしまった。――主の御告げ。――
31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ。――わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
31:34 そのようにして、人々はもはや、『主を知れ。』と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。――主の御告げ。――わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。
偽りの信仰の特徴
1.肉の欲望に従って生活している。行いが信仰を否定している。
そのことに対する、悲しみや問題意識がない。
(神との交わりがあると言いながら闇の中を歩んでいる6節)
御霊をいただいていないため、御霊に従うことができない。
依然として、自己中心の歩みを続けている。
2.原罪を認めない。
(罪(原罪)はないという。8節)
罪(複数形)を処理すれば、天国にいくことができると考える。
律法主義(生活の決まり事を守ることで自分を聖く保つことができる)
グノーシス(知識の言葉を知ることで聖くなれる)
3.罪に対して軽く考える。10節
その時代の人々が考える正しい生活を基準として、自分の正しさを評価する。
正しさの基準は時代によって変化するため、正しい行いの基準は、変化する。
以前は罪であったことが、良いことになる場合もある。
(同性愛、男女の役割分担などなど)
神を基準としていないため、罪に対して寛容になる。
自分は罪を犯していないと主張する。
もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。1ヨハネ10節